阪神大震災の教訓          

阪神淡路大震災2日後、私はNTT時代の友人と共に長田地区へボランティア作業で行きました。倒れている電柱が車や家を押し潰していて、文明の利器である電柱が実は”凶器”であることを知りました。以後、議員になってから、何度も震災の経験を委員会で話し、電線地中化を訴えてきましたが。原発事故で予算もろくに取れない東京電力などの足かせもあって、電線地中化工事はなかなか進まないのが現状。

本当に怖いんですよ、電柱は。

倒れてきたら、コンクリートのハンマーが直撃するような威力があるのです。そのうえ、電柱が倒れると、道路も寸断されますからねえ。緊急車両も通れなくなります。兵庫県議会議員の友人から頂いた資料によりますと・・・
震災から20年経った3年前、共同通信が借り上げ復興住宅に住む被災者を対象に実施したアンケートでは、自分の生活が復興したと感じている人は41%にとどまっていたそうです。兵庫県などが提供した復興住宅は既に退去期限を迎えているのですが。今でも定住先が定まらずに身内宅などに身を寄せている高齢者が少なくとも300人以上いらっしゃるそうです。

震災の規模が大きくなればなるほど、警察や消防、自衛隊による救助は難しくなるわけで、我々が住む台東区だって、区内に広がる町会などの自主防災組織が機能するかが大きな課題です。まあ、実際に機能するかどうかは日頃の人間関係・交流が大切。地域行事や防災訓練などでお互いに顔見知りになっておく努力が必要だということです。今の若い人には、ボランティア精神が旺盛な人が多いですが・・・

実は、阪神大震災では発生から1年間で延べ約138万人のボランティアが駆けつけていて、あの震災の年が「ボランティア元年」と呼ばれて、以後、全国にボランティア意識が芽生えてきたのです。ちなみに、東日本大震災でボランティア活動に従事した人の数は431万7千人(総務省調べ)と言われ。なにかと暗いニュースばかりの日本ですが、まだまだ捨てたもんじゃないのです・・・。(嬉)  (台東区議会 堀越秀生)

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